2015年4月11日土曜日

045 表現集団Infinity「Taoyaka」

1月に予定されていた公演が塾長の病気で延期になり、4月、船出公演を迎えたとのこと。おめでとうございます。第1回目というのは本当に大変だったろうなと想像します。

時代劇、20年前に起きた事件をきっかけに出会った者たちがそれぞれの思いを胸にもがき苦しみ生き抜く物語。

舞台があるのが専門学校だったせいでしょうか。照明、音響が非常にもったいないことと、美術も残念だったと思います。

物語は王道なんだと思います。王道であれば王道なりの演出の仕方もあるかと思います。通路を使った登場の仕方など変に凝ったことはせずに、まっすぐに演じてほしかった。

役者それぞれの表現には多少のブレを感じる方もいらっしゃいましたが、初日の緊張感たるやを想像すると無理もないかとも思います。役になりきるとはどういった状態なんでしょうね。ここで涙を流せば、ここで見栄をきれば、ここで怒りを出せば、観客は共感してくれるのでしょうか。僕自身もうまく説明ができませんが、何かが足りない、そんな風に思っていました。

船出となった今、次なる作品に期待します。

044 がっかりアバター「啓蒙の最果て、」

関西小劇場若手の中で注目もされている。破壊的な衝動と繊細な衝動の狭間を歩く、そんな印象の劇団。

啓蒙って何でしょう。概念。暗闇から現実を見せつける行為。そんな言葉がはまっていく作品だったと思います。

意味の分からぬRPGなマスターベーションな演劇をDisるところから、劇が動き出す。舞台を演劇を取り上げられた役者たちは非常に無様だ。無様な存在。

舞台は非日常で役者はそこでしか生きていけない。ひとたび日常に戻るとそこは自分が自分でいられなくなる世界。狭い世界。もがいてもがいて見つけ出すのは腐った自分。

ほんとであろうが、虚構であろうが、いずれにしてもオナニー演劇であることは変わりはない。演じているのか自分なのか。

きっと愛すべきクソ野郎どもであるのだろう。

043 火曜日のゲキジョウ C4 CriticalCreation「目病み猫と水のない水槽」&ClickClock「キリコの諷景」(2回)

二面舞台を使いながらも違う演出、観せ方でありました。二つの作品とも「生」ということを考えました。生々しく生活と生きるを描く、僕は僕として「生」とどう向き合えるのだろうか、また一つ二つの作品に出会えたことを感謝します。

Critical Creation「目病み猫と水のない水槽」
舞台中央に置かれた何も入っていない水槽、舞台は部屋、部屋の中央の水槽、一人の若い男が生活している。

猫を買ってきた。ペットショップで本当に欲しいものではなくて持ち金に合わせて買ってきた。そんな猫は目病み猫。主人公は部屋に引きこもってばかり。

揶揄のように部屋はペットショップの籠の中。籠の中の自分。目病み猫と同じような主人公。

部屋の中央に置かれた水槽もまるで主人公の部屋のよう。水も入っていない、水が入っていた時の熱帯魚は死んだ。主人公も死んだ熱帯魚と同じ。

少しずつ猫も主人公も変わりだす。生活に大きな変化はないし、求めて無理して失敗する。そんな日常。答えのない毎日を繰り返す。一寸の光を求めている。それでも生活は変わらない。少しの変化は自分の気持ちの変化。それだけ。また生活が始まる。また生きていくんだ。

長くなりましたが、優しくも厳しい私小説を観た印象です。

Click Clock「キリコの諷景」
再演です。初演の時の印象とは変わり、底へ底へと潜っていくような作品。生というものに執着し、妹の死を受け入れられないキリコ。キリコは汽車に乗る。死んでしまった妹に会うために。妹の死は認めていない。人から奪った太陽の種を届ければ、きっと病気の妹は元気になる。そう信じて汽車に乗る。でも妹は死んでいる。

乗った汽車は過去へと遡る。生を求め死を受け入れず過去を追うために汽車の燃料は同じ名前を持ち生と死の狭間のキリコ(みな妹もいる)。

なんて悲しくも生と向き合うのだろう。死と向き合うのだろう。それほど「生」というものは無常で「死」というものは本当の意味で理解できないものなのだろう。

最後の選択、太陽の種を未来に埋めに行く。自分の「生」を捨て、「死」を受け入れる。

死を目の当たりにし、死を思い、死を受け入れられず、死を認めない。僕たちは日常の中でたくさんの死に出会う。それでも本当の死は知らない。だからこそ、生きることを考えてしまうのでしょう。

2015年4月8日水曜日

042 スーパー・ソウルフル・ミュージカル「ウィズ ~オズの魔法使い~」

久しぶりの大きな商業演劇。梅田芸術劇場、行くなんて久しぶりだ。5人に1人が双眼鏡的なものを持っている。そうだった、受付で売られているほど持っていくものだった。

誰もが読んだ、もしくは見たことがあるオズの魔法使い。ストーリーについては言うことないでしょう。
興味ない方はどうでもいいことでしょうが、梅田彩佳(NMB48)さん目的で観に行きました。
何度も涙ぐんだり、泣いたりしたのですが(これはもうファンだからですね)、観終わってやはり脇を固める役者やダンサーがとにかく上手い!だからそれに負けじと主演もうまくなっているという印象。

ミュージカルも本当に久しぶりに観たのですが、気持ちがのってきてしまう。のめり込んでしまいます。面白かった。

舞台が大きいと照明も舞台仕掛けも美術も世界に引き込む要素として大きいです。小演劇ばかり観ているので、その差を観ながら考えてしまっていたのですが、衣装は負けないだろうなとは思いました。

書きながら思いましたが、この感想は面白くないですね。
本気の梅田彩佳が観れたことで目的が達成されていることがその理由だ。
それでもすごいと思うこと。面白いと思うところはありました。

041 futurismo「珈琲が冷めるまでの戦争」

カフェでの公演を生かした物語。物語というか、シチュエーションストーリーと言ったほうがいいような気がする。

カフェで待ち合わせする男女。どうやら別れ話が展開されるようだ。ただそれだけのシチュエーション話を役者の演じるキャラが時間を追うごとに濃くなっていき、他人事のように思わなくなる。匿名劇壇の福谷さんの本はいつも毒をきかしたセリフや展開が巧みで、悪い気分のする手前のちょうどいいところに置いていく。

またラストの展開も面白いのだけれど、本当に面白いと思えるのはそこにいきつくまでの過程。そのプロセスを魅せる描き方が巧み。何気ないやり取りでキャラがたちあがり、何気ない仕草や動きが役者をそこに本当にいるものだと思わされる。

他人事を自分事に、舞台の中にお客をあげてしまう芝居は毎度のごとくうまくて、これをカフェで行うことでさらに強調して感じることができました。

こうなると匿名劇壇の本公演を観たくなってしまう。

2015年4月4日土曜日

040 シアターシンクタンク万化「チューリング・コード~生まれつき涙を流せない男の話」

極秘裏に開発されたアプリ「チューリング・コード」それは、人に寄り添い人を思い人のための存在。発案者や開発を共にする仲間たち、企業という組織による圧力、様々な立場の登場人物たちがそれぞれの思いを元にいったい誰が人を思っているのか、家族の風景とともに人間の脆さや強さを感じさせてくれる作品でした。

サブタイトルにある「生まれつき涙を流せない男」非常に魅力的なタイトルで、後半に大きなネタバラシがあり、おそらく前半からも少しずつネタがあったのだと思うのですが、もう少し深く語られても良かったかと思いました。
感情という生き物をコントロールすることは非常に難しく、悲しかったり嬉しかったりして涙を流すという行動は確か人間だけができることだったように思います。
他の演劇で、涙なんて人間が勝手に悲しいと思ったり喜んだりして勝手に目から出てくる抽出物だ!みたいなことを聞いて「へ~」と感心していたのを思い出しました。

登場するアプリを演じた夢野さんが本当に可愛くて、本当にこんなアプリがあったら購入するだろうなと思ってしまっていました。本音なんてどこまでいっても出せるわけがなく、確かに機械的に判断してもらったほうがいいのかもしれません。

下手をすれば説明ばかりになってしまう世界観を見事にエンタメにしてしまう力は万化の力だろうとも思いますし、本、役者のみなさんの力だと思います。

これからの私たちの孤独を埋めてくれるのはやはりAIBO的なアプリなのかも。

2015年4月3日金曜日

039 「大阪俳優市場2015春」 Bキャスト

3つのお話がそれぞれキャストも変えて上演。俳優の卵のみなさんの公演といったところでしょうか。久しぶりの世界館は遠いです。

第1話「おちないリンゴ」
大きな気がある家に住む家族のお話。親がいない兄弟だけの家族。不幸ではもちろんない。周りの人が不幸だと決めつける。親がいないことへの憤りをもう少し深みを増してくれたら面白い作品になるんだろうけど、テレビの昼間やっているドラマのように妙に昭和感というのでしょうか、「くさい」芝居が多いように思う。誰がどうのというレベルではなかったかな

第2話「Antique Android~「未来」の「思い出」~」
アンドロイドが各家庭に召使いのように存在している世界。旧型のロボットを使用している主人公、そのロボットにはどうやら「思い出」があるらしい。それは昔、主人公と出会った時の思い出。
アンドロイド役を演じたお二人が印象に残りました。主人公役をされた方も素朴な役柄で良かったように思います。物語としては、3つのお話し中、一番好みでした。
観ながら、手塚治虫の火の鳥に出てくるロビタを思い出しました。

第3話「ザ・パイセン~アッパーチューン2015~」
一世を風靡したバンドに影響された人々を描く物語。きっとスゴイバンドだったんだろうなとは思います。その背景があんまり分からないまま、解散した今も熱狂的になっているファンを通じて、バンドのメンバーがどうなっているのかが描かれていきます。
以前からもそうですが、テレがあるなら舞台あがらなきゃいいのになんてキツイことも思いながら観ていました。物語としては一番分かりにくいというか背景が描かれなさすぎで共感度が低いまま終わったところでしょう。3つのお話し中、オープニングの演出は期待させるものがありました。

総じて、これから俳優としてどこかで出会える方もいらっしゃるのでしょう。それをまた楽しみにしています。